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ぼ、ぼ、ぼくらは中年探偵団。

国内法の整備がなされないままのハーグ条約批准に反対します。

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子ども連れ去り防止で州法可決 日本人と離婚の米男性主導

2012年8月21日 13時59分

 【ロサンゼルス共同】国際結婚が破綻した夫婦間の子どもの扱いをめぐり、米カリフォルニア州議会下院は20日、親権争いがある場合、子どもと一緒にいる親が同州内に所有する資産を、裁判所の命令で凍結することができる州法案を可決した。子どもが一方的に国外などへ連れ去られるのを防ぐのが狙い。日本人女性と離婚後、この元妻が息子を日本に連れ去ってしまったとする男性ランディ・コリンズ氏(51)の訴えで法案化された。

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ハーグ条約 5月20日閣議了解

一週間ほど前に、封書が届き差出人は「内閣総理大臣官邸」
中身は、福山官房副長官署名(コピー)の厚紙礼状(副大臣会合への出席に対する)と閣議了解の内容文でした。閣議了解はネットに上がってるかもしれませんが、簡単に紹介します。

閣議了解
■中央当局の任務  これはまだいいんですが・・

■子の返還命令に係る手続
1 子の返還命令のための裁判手続きを新設する。

2 子の返還拒否事由 
  
(1)子に対する暴力等
(2)相手方に対する暴力等
(3)相手方が子と共に帰国することができない事情等
入国できない、逮捕・刑事訴追のおそれがある、帰国後の生計維持が困難等の事情
(4)包括条項 その他子を返還することが、(中略)子を耐え難い状況に置くこととなる重大な危険があること。

子どもを返したくない母親に配慮した至れりつくせりの内容だと思います。なにがなんでも離婚後の「返還」を阻止したい国外でも国内でも連れ去った子どもはひとりも返還しないという強力な意志に沿った結果になったと感じています。

面会交流がかろうじて認められただけで、人質状態は変わりません。連れ去っても大丈夫ですから抑止力にさえなりません。敗北、と言っていいか・・

しかし、名目だけの条約批准に各国が黙っているはずはないです。とくに逮捕のおそれがあるから返さないというのは、各国の法制度に対して挑戦的です。こんなものが閣議で通るとは信じられません。


要望を受け付けるということなので、電話していろいろ言いました。3月にあったハーグ反対・慎重派のヒアリングは二部に別れていて、後半は日弁連だったそうです。日弁連の誰なのか、家事法制委員会なのか両性の平等委員会なのか頭が回らなくて聞けませんでした。その電話受付はヒアリング参加者を対象にしているそうですが、日弁連がおもな対象で気を使ったご大層な礼状もそのためなんでしょうね。と、あとで気がつきました。

日本人の対応は「不可解で不快」などと不信感噴出 米下院、子の連れ去りで公聴会 

 【ワシントン時事】米下院外交委員会人権小委員会は24日、国際結婚の破綻後に
外国人の妻に子供を連れ去られた米国人の夫らに意見を聞く公聴会を開いた。
出席者は、この問題をめぐる日本人の対応は「不可解で不快」などと不信感をあらわにした。

 元海兵隊員の男性は、日本人の元妻が2人の子供を日本に連れて帰った後、
子供たちに一度も再会できていないと説明。男性の両親が訪日し、
在京大使館を通じて接触を試みたものの無視され、「精神的に打ちのめされた」と語った。 

 男性はまた、日本が親権争いの解決ルールを定めたハーグ条約に加盟しても、事態は改善しないと指摘。
日米両国は「法と人権に基づいて直接協議すべきだ」と強調した。

 同じ公聴会に出席したこの男性の顧問弁護士は、ハーグ条約のような多国間の枠組みではなく、
米政府は日本と2国間条約を締結するよう要請。
小委のスミス委員長(共和党)は「素晴らしい提言だ」と評価し、
引き続き当事者から意見聴取を続ける考えを示した。(2011/05/25-11:20)

時事通信 http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011052500318


ハーグ条約に係る副大臣会議@首相官邸会議室

大地震の前日の夕方(3・10)でしたが、副大臣会議第五回会合の当事者ヒヤリング参加者として、首相官邸に行ってきました。

政府側の参加者は、福山官房副長官を中心に法務政務官、法務副大臣、外務副大臣、官房副長官補、警察庁次長の6人の方がテーブルにつき、その背後に官庁の方々らしき人々が居並んでいました。

当事者12名と弁護士一名でテーブルの反対側を囲みました。当事者はいずれも国際離婚ケースであるのはもちろんですが、英国で裁判の結果子どもを連れ帰ることができた方がお二人、条約賛成の立場でお話されました。あとは子どもと離された人たちで、男性3人、女性7人。子どもがいるのは、エジプト、イラン二人、米国二人、チュニジア、チェコ、中国、ロシア、あと一人は忘れました。

共同親権運動、活動とは一応距離を置いて、国際結婚して国境を越えた子どもの連れ去り、連れ帰りを体験した当事者(特に相手が米英のケース)の声を出したいという弁護士さんの意向で人選されたようです。当事者レポートは9人分で、参加していない人のものが3人分、いずれも米国人との離婚ケースでした。

「子どもを訪ねてアメリカへ」匿名

日本の家族法の不備をうまく利用した米軍人の夫に子どもを引き離されて夫の再婚相手と養子縁組されて、やむなく米軍に入隊した日本人母親の手記をご了解を得て転載します。日本の法制度が卑劣な人間の味方をするという事態は、国内国外を問わずに多発しています。アメリカで正々堂々と裁判をして100%の親権を勝ち取ったのに、子どもが日本に在住で赤の他人の日本人の親権者が登場してしまい、手が出せないのです。民法を改正しないので悪賢い外国人までそれを悪用しています。外国人にとってそれは「悪」ではありません。法律を守っているのですから。民法を変えるしかありません。


私 現在アメリカ在。日本国籍。
元夫 現在沖縄在。アメリカ国籍。アメリカ空軍所属。
長男 11歳。沖縄の地元小学校5年生。両国籍。
次男 7歳。1年生。両国籍。

2004年 沖縄に住んでいた私達は、夫のDVが理由で離婚する事になった。
離婚直前に、私の祖母が体調を崩し手術をする事に。ただし、高齢の為、万が一が考えられるとの事で医者から家族は一度祖母に会いに行くべきだとのコメント。二人の息子を連れて、祖母(青森県)の元に行きたいと夫に伝えたところ、協議離婚で、子供の養育者を彼の名前で届けなければ、祖母の所に行かせないと言い張る。数日間、話し合いをしたが彼が全く譲らない為、祖母のことを思い仕方なくそれにサインし、日本本土へ行く。

約二週間の滞在を経て沖縄に帰ると、フロリダ州での離婚届けと協議書を渡される。(結婚は、フロリダ州でしたので、離婚もフロリダ、日本には結婚届を帰国した際に提出)その協議書にも子供の親権は父親にと書いてある。それではいけないと夫と話し合いを続けるが、アメリカ本土で職がないものは親権を取れない、仕事を見つけてから親権を変える裁判をすればいいと夫に言われ、しぶしぶサイン。直ぐに、夫にアメリカに渡り仕事を探せと言われ何も知らぬ私は、グリーンカードを持って渡米。直後から、子供達と電話で話せなくなる。インディアナで通訳の仕事をはじめ、アメリカでの銀行口座も作って安定したところで、裁判を起こす。子供達に、養育費を毎月払っているのに、電話でも話させてくれない。手紙を出しても、返事も来ない。夏の面会(一ヶ月間)もさせてもらえない。アメリカ裁判は、時間がかかるので、直ぐに結果が出ない。そこで、たまに通じた電話で恐ろしいことを知る。長男(当時一年生)によると、新しい苗字になったらしい。直ぐに、実家の両親に電話をして、戸籍を取ってもらうと、元夫は沖縄の日本人女性と離婚後直ぐ再婚し、その女性が息子二人を養子縁組して私の籍から子供達の名前はとっくの昔に抜けてバッテン印になっていたのです。あわてて領事館に問い合わせると、日本の協議離婚書に子供を養育するものが夫になっているので、私の許可なしに、子供達を養子縁組することが可能だという。私は、アメリカの離婚協議書にそって養育費も毎月払っているのに、日本ではいつの間にか、自分の子ではなくなっていた。子供達を彼女の養子にすることは明らかにアメリカの離婚協議書に違反。また、電話も面会も記載されている通りにはさせてもらえない。そうしているうちに、沖縄に住んでいる友達からの連絡で、どうも元夫が沖縄での任期を終え、ヨーロッパに転勤になるらしいという話を知る。その当時でも、子供達との連絡は途絶えてきていたので、彼らがもしヨーロッパへ行けば、もしかしたら一生会えないかもしれないと思い、いろいろ考えた上でグリーンカードを使いアメリカ軍への入隊を決心。軍へ入れば、世界中の米軍基地へ行き来できる。また、軍の施設(軍警察、軍法律事務所など)も使える。言葉の問題が気になったが、当時の英語力で問題ないと言われ入隊。激しいブーツキャンプに出発。その後、職務訓練で6ヶ月間バージニアで過ごしている時に、私のフロリダの弁護士から連絡が入る。どうやら、元夫はヨーロッパではなく、ノースカロライナ州に転勤になったらしい。もしかして、子供達も来ているのかも知れないと胸を高鳴らせ当時の司令官に頼み、ノースカロライナの空軍基地に連絡を取ってもらい彼の居場所を発見。しかし、彼は単身赴任で子供達は、新しい妻と一緒に沖縄に残したという。子供達にはずっと会っていないし、話もしていない。がっかりだった。職務訓練が終了し初勤務地であるルイジアナに転勤になった。自由のみになった私は、出来る限りフロリダで行われる裁判へ参加した。裁判長は、面会権が無視されている為、元夫に子供達を一ヶ月アメリカにつれてきて、私と一緒に過ごさせるよう命令した。元夫は、飛行機のチケットをとった後、弁護士を通しいつアメリカに子供達が来るかを知らせてきた。ヒューストンで待ち合わせすることになった。空港の荷物取場で待ち合わせ2時間前に到着。ドキドキして待っていた。その判決が出て直ぐ、私は、家の子供部屋を完璧にした。子供達が寝るベッドも買った。部屋も、子供達が楽しく過ごせるように工夫した。子供達が好きだったおやつも買った。しかし、待ち合わせ後2時間を過ぎても子供達は現れなかった。Unitedに問い合わせると、キャンセルされていたらしい。涙が止まらなかった。彼は、その後同じ事を再びした。裁判長は、彼の100%親権を一時的に50%ずつということで判決を出した。しかし、彼の子供達に会わせない、話させないは続いた。去年の二月、いきなりひょっこり彼と連絡が取れた。沖縄に来たら、面会させてやるという。二日間の予定で会うことになった。本来ならば一ヶ月なのだが、彼が会わせてもいいと言うので気が変わる前に取り決めした。会う直前になって、面会は監視付きと告げられた。約束が違うというと、だったら会わなくてもいいという。一年半以上ぶりに会う子供達は、以外にそっけなかった。私の名前も覚えていなかった。ままと呼ばれるかと思ったら、シヅカさんと呼ばれた。さびしかった。監視は、元夫と、その奥さんだった。場所移動の際は、子供達と一緒に車に乗れない。子供達と心置きなく話すチャンスは全くなかった。その次の裁判で、ついに裁判長が私に100%親権をくれた。ずっと、待ち望んでいた判決。しかし、その日、彼サイドは誰も出席しなかった。彼の弁護士は彼の行いにあきれてやめたそうだ。あの日から、9ヶ月になる。アメリカで親権を与えられてから、一度も子供達と連絡が取れない。どうやら、電話番号もブロックされたようだ。誕生日に贈ったものは、受け取り拒否だ。唯一子供達に会えるのは、彼らが行っている小学校のHPを見るときだ。たまに、彼らの写真がでている。私の夫は、米軍で仮退役しているため、毎日基地に出入りしていないようだ。彼らは、基地の外に住んでいるため、アメリカのオーダーは、何の意味がない。

私は、毎日思っている。日本で、共同親権を行っていれば、子供達は他人に養子に行かなかった。役所に言わせれば、今、私は、日本では子供達の親ではない。悲しいことだ。
私の元夫はアメリカ国籍だ。大体、彼の戸籍ではないのだ。私の戸籍を、外国人の彼に荒された。私の許可なしで養子縁組が可能な日本の法律。本当に、悔しい。私達親子の唯一の絆を砕かれた思いだ。それで、私がもしも日本に行って子供達と会おうとすれば、おそらく元夫と新しい妻は私を誘拐犯として警察に通報するだろう。セボイさんが体験したように。ハーグ条約もいいが、私は、共同親権についても応援する。私は、遠く離れた地で、アメリカ軍の制服を着て、毎日子供達を思いながら仕事をしている。

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