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ぼ、ぼ、ぼくらは中年探偵団。

国内法の整備がなされないままのハーグ条約批准に反対します。

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クリントン長官下院議会証言 U.S. Secretary of State Hilary Clinton testifies on the abduction of children to and within Japan





2011.3.1.
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日本人女性による子供誘拐事件追う?米abc NIGHTLINE



2月16日に放送された米 ABC ニュース NIGHTLINE の映像です。
我が子を連れ去り FBI に指名手配中の母親やその親族を追いかけインタビューをするという衝撃映像です。
日本語音声通訳付き。


2011.2.17 19:04 (1/2ページ)

 【ワシントン=佐々木類】米大手テレビ「ABCニュース」が16日、米国人男性と日本人女性による国際結婚の破綻に伴う子供の親権問題を特集し、日本政府関係者に波紋を広げている。

 民事上の問題にも関わらず子供を日本に連れ帰った日本人女性を「誘拐犯」呼ばわりし、犯罪者に仕立て上げる演出だった。1月の日米外相会談でも取り上げられるなど、今後、日米間の外交問題に発展しそうな雲行きだ。

 番組は15日の午後6時半に放映を開始。16日も複数回にわたって数種類の映像を流し、1回最大約8分間放映された。

 スタジオに米国人男性15人が登場し、女性司会者の質問に「海外派兵されて帰宅したら妻とともに子供がいなくなっていた」と訴え、涙ながらに子供との面会を訴える参加者もいた。

 番組は、米国人男性から提供を受けた子供の写真を手がかりに日本で取材した様子も放映した。

 ある日本人女性が子供を自転車の荷台に乗せて移動するのを車で尾行。ABCの女性記者が、「自分を誘拐犯だと思わないか」と英語で詰問、この日本人女性がたどたどしい英語で「米国では生活できないので、子供を誘拐するか自殺するしかなかった」と答えさせている。

2011.2.17 19:04 (2/2ページ)

 今年1月、ワシントンで行われた日米外相会談では、クリントン国務長官が前原誠司外相に、子供の連れ去りに関するハーグ条約の早期締結を要請。前原氏は、「真剣に検討を進めている」と応じている。

 日本人女性が子供を連れ帰るのは、米国人男性の家庭内暴力(DV)から逃れるケースもあるとされるが、実態は不明だ。

 問題の背景には、子供もの親権に関する日米両国の国内法の違いがある。

 離婚した場合、米国の州法では、合意があれば双方に親権が認められるケースが多いとされる一方、日本では、民法の規定で離婚後は片方の親にのみ親権が与えられる。

 ABCニュースは、米連邦捜査局(FBI)が誘拐事件として関心を持っていることにも言及。全米規模のキャンペーンは、リコール問題で集中砲火を浴びたトヨタ自動車に続き、新たな“日本バッシング”の火種となりかねない。在米日本政府関係者は「対日感情の悪化は避けられない」と気をもんでいる。

  ■ハーグ条約 オランダのハーグで締結された国際条約の総称。国家間の不法な子供の連れ去りを防止することを目的に1983年に発効した。親権を持つ親から子供を誘拐した場合、その子供がいた場所へ帰らせることを加盟国に義務付けさせる。日本は親権に関する民法との整合性から未加盟だが、2009年、外務省内に「子の親権問題担当室」を設置し、加盟の可否を検討中。

ハーグ条約に係る副大臣会議@首相官邸会議室

大地震の前日の夕方(3・10)でしたが、副大臣会議第五回会合の当事者ヒヤリング参加者として、首相官邸に行ってきました。

政府側の参加者は、福山官房副長官を中心に法務政務官、法務副大臣、外務副大臣、官房副長官補、警察庁次長の6人の方がテーブルにつき、その背後に官庁の方々らしき人々が居並んでいました。

当事者12名と弁護士一名でテーブルの反対側を囲みました。当事者はいずれも国際離婚ケースであるのはもちろんですが、英国で裁判の結果子どもを連れ帰ることができた方がお二人、条約賛成の立場でお話されました。あとは子どもと離された人たちで、男性3人、女性7人。子どもがいるのは、エジプト、イラン二人、米国二人、チュニジア、チェコ、中国、ロシア、あと一人は忘れました。

共同親権運動、活動とは一応距離を置いて、国際結婚して国境を越えた子どもの連れ去り、連れ帰りを体験した当事者(特に相手が米英のケース)の声を出したいという弁護士さんの意向で人選されたようです。当事者レポートは9人分で、参加していない人のものが3人分、いずれも米国人との離婚ケースでした。

「子どもを訪ねてアメリカへ」匿名

日本の家族法の不備をうまく利用した米軍人の夫に子どもを引き離されて夫の再婚相手と養子縁組されて、やむなく米軍に入隊した日本人母親の手記をご了解を得て転載します。日本の法制度が卑劣な人間の味方をするという事態は、国内国外を問わずに多発しています。アメリカで正々堂々と裁判をして100%の親権を勝ち取ったのに、子どもが日本に在住で赤の他人の日本人の親権者が登場してしまい、手が出せないのです。民法を改正しないので悪賢い外国人までそれを悪用しています。外国人にとってそれは「悪」ではありません。法律を守っているのですから。民法を変えるしかありません。


私 現在アメリカ在。日本国籍。
元夫 現在沖縄在。アメリカ国籍。アメリカ空軍所属。
長男 11歳。沖縄の地元小学校5年生。両国籍。
次男 7歳。1年生。両国籍。

2004年 沖縄に住んでいた私達は、夫のDVが理由で離婚する事になった。
離婚直前に、私の祖母が体調を崩し手術をする事に。ただし、高齢の為、万が一が考えられるとの事で医者から家族は一度祖母に会いに行くべきだとのコメント。二人の息子を連れて、祖母(青森県)の元に行きたいと夫に伝えたところ、協議離婚で、子供の養育者を彼の名前で届けなければ、祖母の所に行かせないと言い張る。数日間、話し合いをしたが彼が全く譲らない為、祖母のことを思い仕方なくそれにサインし、日本本土へ行く。

約二週間の滞在を経て沖縄に帰ると、フロリダ州での離婚届けと協議書を渡される。(結婚は、フロリダ州でしたので、離婚もフロリダ、日本には結婚届を帰国した際に提出)その協議書にも子供の親権は父親にと書いてある。それではいけないと夫と話し合いを続けるが、アメリカ本土で職がないものは親権を取れない、仕事を見つけてから親権を変える裁判をすればいいと夫に言われ、しぶしぶサイン。直ぐに、夫にアメリカに渡り仕事を探せと言われ何も知らぬ私は、グリーンカードを持って渡米。直後から、子供達と電話で話せなくなる。インディアナで通訳の仕事をはじめ、アメリカでの銀行口座も作って安定したところで、裁判を起こす。子供達に、養育費を毎月払っているのに、電話でも話させてくれない。手紙を出しても、返事も来ない。夏の面会(一ヶ月間)もさせてもらえない。アメリカ裁判は、時間がかかるので、直ぐに結果が出ない。そこで、たまに通じた電話で恐ろしいことを知る。長男(当時一年生)によると、新しい苗字になったらしい。直ぐに、実家の両親に電話をして、戸籍を取ってもらうと、元夫は沖縄の日本人女性と離婚後直ぐ再婚し、その女性が息子二人を養子縁組して私の籍から子供達の名前はとっくの昔に抜けてバッテン印になっていたのです。あわてて領事館に問い合わせると、日本の協議離婚書に子供を養育するものが夫になっているので、私の許可なしに、子供達を養子縁組することが可能だという。私は、アメリカの離婚協議書にそって養育費も毎月払っているのに、日本ではいつの間にか、自分の子ではなくなっていた。子供達を彼女の養子にすることは明らかにアメリカの離婚協議書に違反。また、電話も面会も記載されている通りにはさせてもらえない。そうしているうちに、沖縄に住んでいる友達からの連絡で、どうも元夫が沖縄での任期を終え、ヨーロッパに転勤になるらしいという話を知る。その当時でも、子供達との連絡は途絶えてきていたので、彼らがもしヨーロッパへ行けば、もしかしたら一生会えないかもしれないと思い、いろいろ考えた上でグリーンカードを使いアメリカ軍への入隊を決心。軍へ入れば、世界中の米軍基地へ行き来できる。また、軍の施設(軍警察、軍法律事務所など)も使える。言葉の問題が気になったが、当時の英語力で問題ないと言われ入隊。激しいブーツキャンプに出発。その後、職務訓練で6ヶ月間バージニアで過ごしている時に、私のフロリダの弁護士から連絡が入る。どうやら、元夫はヨーロッパではなく、ノースカロライナ州に転勤になったらしい。もしかして、子供達も来ているのかも知れないと胸を高鳴らせ当時の司令官に頼み、ノースカロライナの空軍基地に連絡を取ってもらい彼の居場所を発見。しかし、彼は単身赴任で子供達は、新しい妻と一緒に沖縄に残したという。子供達にはずっと会っていないし、話もしていない。がっかりだった。職務訓練が終了し初勤務地であるルイジアナに転勤になった。自由のみになった私は、出来る限りフロリダで行われる裁判へ参加した。裁判長は、面会権が無視されている為、元夫に子供達を一ヶ月アメリカにつれてきて、私と一緒に過ごさせるよう命令した。元夫は、飛行機のチケットをとった後、弁護士を通しいつアメリカに子供達が来るかを知らせてきた。ヒューストンで待ち合わせすることになった。空港の荷物取場で待ち合わせ2時間前に到着。ドキドキして待っていた。その判決が出て直ぐ、私は、家の子供部屋を完璧にした。子供達が寝るベッドも買った。部屋も、子供達が楽しく過ごせるように工夫した。子供達が好きだったおやつも買った。しかし、待ち合わせ後2時間を過ぎても子供達は現れなかった。Unitedに問い合わせると、キャンセルされていたらしい。涙が止まらなかった。彼は、その後同じ事を再びした。裁判長は、彼の100%親権を一時的に50%ずつということで判決を出した。しかし、彼の子供達に会わせない、話させないは続いた。去年の二月、いきなりひょっこり彼と連絡が取れた。沖縄に来たら、面会させてやるという。二日間の予定で会うことになった。本来ならば一ヶ月なのだが、彼が会わせてもいいと言うので気が変わる前に取り決めした。会う直前になって、面会は監視付きと告げられた。約束が違うというと、だったら会わなくてもいいという。一年半以上ぶりに会う子供達は、以外にそっけなかった。私の名前も覚えていなかった。ままと呼ばれるかと思ったら、シヅカさんと呼ばれた。さびしかった。監視は、元夫と、その奥さんだった。場所移動の際は、子供達と一緒に車に乗れない。子供達と心置きなく話すチャンスは全くなかった。その次の裁判で、ついに裁判長が私に100%親権をくれた。ずっと、待ち望んでいた判決。しかし、その日、彼サイドは誰も出席しなかった。彼の弁護士は彼の行いにあきれてやめたそうだ。あの日から、9ヶ月になる。アメリカで親権を与えられてから、一度も子供達と連絡が取れない。どうやら、電話番号もブロックされたようだ。誕生日に贈ったものは、受け取り拒否だ。唯一子供達に会えるのは、彼らが行っている小学校のHPを見るときだ。たまに、彼らの写真がでている。私の夫は、米軍で仮退役しているため、毎日基地に出入りしていないようだ。彼らは、基地の外に住んでいるため、アメリカのオーダーは、何の意味がない。

私は、毎日思っている。日本で、共同親権を行っていれば、子供達は他人に養子に行かなかった。役所に言わせれば、今、私は、日本では子供達の親ではない。悲しいことだ。
私の元夫はアメリカ国籍だ。大体、彼の戸籍ではないのだ。私の戸籍を、外国人の彼に荒された。私の許可なしで養子縁組が可能な日本の法律。本当に、悔しい。私達親子の唯一の絆を砕かれた思いだ。それで、私がもしも日本に行って子供達と会おうとすれば、おそらく元夫と新しい妻は私を誘拐犯として警察に通報するだろう。セボイさんが体験したように。ハーグ条約もいいが、私は、共同親権についても応援する。私は、遠く離れた地で、アメリカ軍の制服を着て、毎日子供達を思いながら仕事をしている。

2011.1.16 Street Demonstration in Yoyogi  渋谷ストリートウォーク

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